現代フランスの思想界

現代フランスの思想界について述ベるのは、易しいことではない。そのわけは、今フランスに思想の非常な雑多性があることと、表向きに知られているフランスと実際のフランスとの間に大きなへだたりがあるからである。
私はこの夏に帰国した時、最初の印象として、国民の大多数が政府に対する信頼を失い、そのやり方を冷淡な目でみている様子に、ちょうと不安を感じた。しかしそのうちに、こうした表面の無頓着のかげに、積極的な力強い意志が少なからずはたらいていることをみとめて、いわば一種のたのもしきを感じたのである。つまり、政府ばかりをたよりにして手を拱いて持っていても無駄だ、フランスを立ち直らせるためにはフランス自身が奮起すベきだ、という積極的な意識が底流としてうごいているのである。
もっともこうした実態も、外部から一見したところでは、大した意味もないばらばらな努力とみえるばかりであろう。統一ある活動がない以上、べつにこれという結果も生じるまい、と遠くからは判断されるであろう。

なるほど統一がとれているということは、むるん尊重すべきことである。しかし三十年来多くの国が苛酷な苦しみをなめて来たのは、過度に尊重された統一のためではなかったか。はっきりした目的があって後の手段としての統一は合理的であるが、統一のための統一は、人間を機械化せしめ、人民を奴隷化せしめるものであることは、先の世界的試練によって明らかにされたことである。特にフランス人は、他のいかなる国民にも劣らず、統一の名において行なわれうるすべての独裁政治に対して、甚しい嫌悪の情を抱いているのである。今の世界がニつの怖るべきブロックの対立に悩むようになったのも、結局大きな力を生み出す統一なるものへの過度の崇拝から来たことと認めざるをえない。こうして二つの世界大戦でさんざんな目にあった国は、いわゆる偉大な指導者とか政治家とかいう者に対して、警戒心を抱くようになった。人を頭から崇拝することをやめ、その思想や計画を無批判に受け容れることをしなくなったのである。
こういうおちついた批判の傾向が現代フランスのあらゆる活動の分野にみられるが、特に思想界にいちじるしく現れていることは論をまたない。

早い話が、先に独裁権力に利用されたニイチェのような人間に対して、批判的態度をとることは、超人として無条件に崇められていた神の如き人を人間界に引き戻すこといであって、普通の社会人たるわれわれの日常生活の体験という秤をもって彼を計り直すことにほかならない。その結果、ニイチェの表現した思想は、彼の人となりの反映として価値があるかもしれぬが、必ずしもすベての人間に共通する問題を解明するものではない、ということが明らかにされた。たとえばニイチェは「我々の理想とするところは即ちわれわれに欠けたるところなり」と言った。理想はまさに人間に欠けているそのものを示すにほかならぬ、という。それは、ニイチェ自身にとっては、そうであったにちがいない。彼が何より憧がれ求めていたのは、まさしく彼にもっとも欠乏していたところの、幸福と力と健康であった。彼が何より忌み嫌ったのは、彼がもっとも豊富に有していた苦しみと弱さと病気だったのである。いかにも、理想はある意味で実在と対立する。それはまだ存在せぬものを示すのであるから。しかし反面、理想は人間にとって価値あるものであり、その努力の発展の原動力となるものである以上、それは或る意味で、その人のうちにすでに在るものであるともいえよう。ともかく、理想は外部にあるものではなく、人間の頭に内在するものである。人の日常の行動に織りりこまれたものである。しかしまだ完成されたものではなく、一つのか弱い芽のようなものであって、大事に守り育て、建い強めることによって、だんだんと実生活に深く根を張らせて行くようにすベきものである。ここにちょうど理想と空想とのはっきりした相違がみられるわけである。
さらに今のフランス知割人の考え方を要約して表現すれば、次のようにいえよう。ともかく超人的な人間に無条件に屈服することは危険だ。一方、すべての人の思想を一応尊重せねばなぬ。その中にはたしかに価値あるものがありうる。ただ有益なものと無益なものとは、むろんよく見わけねばならぬ。そして、よい思想ならば、それを生み出した者が右の者であろうと左の者であろうと、かまわないではないか。――このように党派心にとらわれず、思想そのものに重きをおいて、公正に評価しようとする誠実な態度が、全般的にみとめられるのである。

また文学の方面を眺めても、こうした公正な態度で思想を判別して受け容れようという傾向が明らかにみられる。今のフランス人が特に宗教に対する関心を強めつつあることは、万人の認めるところである。最近大当りをとった芝居としてジイドの「法王庁の抜け穴」やサルトルの「神と悪魔」のことなどが、日本でも文学者の間に知られて、何かと註釈をつけられているようである。これらの劇はむしろ諷刺的な反キリスト教的なものであって、唯物論の眼鏡で見た宗教がそこに描かれているのである。しかし、こうした作品が一般の好奇心をあつめたということ自体が、宗教への関心の並々ならぬことを示している。もしもニイチェの叫んだよいも「神はもう死んだ」と言えるものなら、サルトルもこんなに躍起になって神の否定をする必要もないはずであるし、死んでしまったもの、もはや存在せぬと明らかになったものに対しては、今さら誰もその存在の否定の論証に、わざわざ金を払って耳を傾けに行きはしないであるう。
ところでもっとはっきりしているのは、純宗教的作品の成功である。たとえばペルナノスの”カルメリットの対話”という芝居も大当りをとった。これはフランス大革命の時代に殉教したコンピエーニュのカルメル会修道女の歴史的事実を題材にしたもので、さきにドイツの女流作家ゲルトルード・フォン・ルフォールがこれを小説に書いている(このほうは、日本でもすでに「断頭台下の最後の女」という題で訳出されていると聞いた。)ここに扱われているのは、死の恐怖と恩寵の神秘の問題である。主人公のプランシュという少女は幼い時から臆病で、わずかな事にも恐れおののく極端に小心な性質であった。カルメル修道会に魂の平安を求めて入っても、折から動乱と迫害の時代で、日々殉教を待ちかまえてその覚悟をあらたにせねばならぬこの修道院の生活は、かえって大きな苦しみのもととなる。ついにプランシュは、そこに留まって日毎に死の恐怖の迫るのをみつめていられなくなる。しかしいよいよ他の修道女たちが引き立てられて断頭台に昇る時、パリの安全なところにいたプランシェは、その場に駆けつけ、もっとも安らかな面もちではればれと聖歌をうたいながら、断頭台に昇るのである。つまり一生を通じて、ゲッセマニに於けるクリストの血の汗の苦しみを共にした彼女は、最後に神の恩寵によって、入力では不可能な恐怖の全き克服と平安な魂の歓喜を得るのである。
このように、この劇の扱っている思想は純神学的なものである。ところがこれがバリで二年間も続演され、毎晩大入だったというのである。
それでもこの事実だけであったなら、まだ偶然の成功と思われるかもしれない。ところが、もっと著るしい例がある。それは「天に行わるるごとく地にも行われんことを」という題の芝居で、オーストリアのフリッツ・ホッホヲルデルという作家が一九五二年に書いたものである。これもパリで二年以上続演という当りをとったところである。この戯曲の主題は純宗教的であるばかりでなく、布教活動という特殊ないわば事門的な問題を扱っているのである。十人世組の南米に布教しているイエズス会の宣教師を主人公として、布教事業の非常な成功にもかかわらず政治的理由から活動の中止を命ぜられたその苦しみを描き、結周現世的な成果よりも超自知的な功徳をめざして、英雄的な従順の徳に生きんとする心のドラマを現わしている作である。
あらゆる新聞がこの劇評に大きく頁を割き、共産党の機関紙”ユマニテ”まで賞嘆している。こういう反響はつまり現代人も依然として現世と来世の問題について好奇心を有している証拠である。もしも大部分の人間が、死んで後の魂の問題など無用な心配と片附けてしまったのなら、とういう現象もみられぬはずであろう。

フランスの一思想界において、実際問題と縁の遠い哲学や形而上学に関する議論がさかんにわれていることには変りがない。しかしこれは一般民乗のあまり与り知らぬことである。ただしこうした純理的研究の長い伝統が健在するい峰、思想系と大衆との間に橋をかけるような思索と行動が盛んになりつつあるのがみられる。それは一と口に云えば社会観念の自覚である。すなわち、人間は個人的に人間としての問題を解決する義務以外に、社会の一員としての特殊な義務も有するものである、という意識の覚酷である。こういう社会観念に強い刺激を与えているのが、労働者の問題である。
たとえば、大学生のうちにも、しばらく本やノートから離れて、波止場で人足として働いたり、工場で労働者と交ったり、休暇を利用して、どこかで労働者の生活を体験してみようとする者が非常に多い,これも、物事を直接見て判断しようとする傾向の一つの現れである。労働階級の向上を計らねばならぬとか、その生活を人間らしいものにせねばならぬ、とか言うような説教めいた論を立てる者は、右にも左にもある。昔は、そういう理論を考察しようと思う者は、いろいろと本を買って調べて、それで好奇心を満足させた。ところが今の人は、理論そのものを机の上で追及するだけでは満足せず、事実のただ中にとび込んで、自分で観察し体験した上で、判断しようとするわけである。
こうした短期間の直接経験を試みる者は実に多いが、さらに真剣に身を入れて社会問題を探く考察しようとする感ずべき例も少くない、教職に在りながら、ニ三年も休暇をとって、労働生活を身を以て知ろうとする人々もある。その中でもっとも有名な例は、数年前に亡くなったシモンヌ・ウェイルである。彼女はこの一種の運動の先駆者といってもよい。

シモンヌ・ウェイルはユダヤ人で、パリで教育を受け、高等師範を出て女学校で哲学を教えていた。被女が教壇を見捨てて自ら体験しようとしたのは、考える時間と力を持たぬ労同者の生活が、そうした条件にどのように影響されているか、ということであった。奴隷のような生活を送る者は、ただ生きる喜び以外に喜びを有しないとすれば、そこに幸福はあり得ない。幸福というものは、生命の営みの上に加わってくる何かでなければならぬ。純枠に労働者の生活を営みながら、人間らしい幸福を味わうことが可能か不可能か、ということを、実地に探究しようとしたのである。そしてその経験をこくめいに書きとめた。それをべつに世に発表する気はなかったらしい。しかし彼女の精神の気高さと稀な聴明さを高く評価し援助をおしまなかったギュスターヴ・ティボンや指導司祭ぺラン神父がその手記を集めて発表したところ、非常な反響を呼んだ。忽ちいわゆるベスト・セラーとなって、今なお版を量ねているのである。
たしかに長い間思想界と労働階級の間に大きな溝があった。それが第二次大戦の始め頃から、特に終戦後この淵は大抵埋められて来たようである。そのためデマゴギイも力を失いつつある。労働者のほうも思素を専門とする人に接する機会があれば、自分の精神を広くし、批判力を養うようになる。思想家のうちにもこの頃ほ研究の材料を実在の中に取ろうとする傾向が多くみられるのである。

こういう風潮の影響か、教育界にもこの頃革命的な変化がみとめられる。
昔から、教育の対象である生徒は、教師の教えに対して受動的な態度をとることが当然とされていた。頭の良い者は、教師のいう事を簡単に呑みこむ。そしてそれをそのまま繰り返すことのできる者は優等生とみなされていた。ところが今はこういう教育法も批判の的となり、現代式教育者は、教師の言葉を一鵜呑みにしてくり返す生徒が必ずしも教えを完全に理解したものとはいえぬ、と考える。教育においては、与え方の問題と同じ位、生徒の受け入れ方の問題も問題である。むしろ受け方のほうが更に重大であるといわねばならぬ。つまり理想的教育の秘訣は、生徒の頭を能動的に働かせることである。教師の仕事は生徒にヒントを与え、またその判断を助けることである。講義の成果は教師の産物というより、生徒の産物でなければならぬ。

こういう方針は”新しい教育法”と呼ばれているが、たしかにわれわれの今まで見馴れ聞きなれて来た方法と大分ちがっている。(日本でも終戦後アメリカ式の新しい教育法が天降り式に実施されたようであるが、その効果はどうであったろうか)もっともフランスではまだ至る処で行われているわけではなく、政府の企画でただ試験的にあちこちで行われているのであるが、興味深い誠みにちがいない。実施されはじめたのが六、七年前のことであるから、あと二、三年すると、この新教育法によって養成された青年が大学を卒業するようになる。その時を持ってこの詰みの決算がなされるはずである。そして従来の伝統的な方法と新しい方法との成果を比較対照して、優劣の判断がつけられるわけである。

またやはり教育の部門に属する一つの注目すべき個人的企画の例がある。パリで ”病弱児病院”という立派な設備の子供専門の病院を経営しているウィエール教授は、心理学者としても知られている人である。彼は子供の病気の治療法を研究するうち、多くの病気は両親の教育法の欠陥に基因している事を発見した。いいかえれば子供の病気は大部分両親の質任であるということになる。そこでウィエール教授はEcole des parents(両親の学校)つまり親を教育することを目的とする研究所を設立した。この研究所のおもなる活動は、まず有名な医師や心理学者の講義を定期的に公開する。
一方子供の発育の状態をいくつかの時期に分けて研究し、各時期の特徴を明らかにする。そして、こういう実生活に役立つ知鍋に及させるために、講義録を一般人にも親しみやすい月刊雑誌の形で発行し、地方にまで行きわたらせている。

次にカトリックの側に革新的な現象を求めてみるなら、目下世界の注目をひいている労働司祭の問題など、ひとつの著しい倒として挙げられるであろう。これはベつに全世界の信者に共通する教義の問聞などではなぐ、労働階級という特殊な一つの世界、唯物論的な宣伝に働かされて宗教から遠のいてしまった労働者の間に、再びキリスト教的な明るい希望と信念をもたらそうとする一種の布教運動である。どん底にある人を引き上げるには自分もどん底に降りて行かねばならぬ、という気持から、司祭が一介の労働者となって彼らと生活を共にすることを始めた。数年前からひそかに開始されたこの大胆な試みは、小説や映画などに扱われて世間に知られ始め、たちまち人々の好奇心をそそり、労働司祭とい一う呼名も広く知られるようになった。まだ試験期間を出ない事業に対して、気の早い批評が行われだしたので、教会当局も慎重の策を講じて、一時手綱を引きしめる必要を感じた。すると早速、この新しい布教運動は禁止になるのだというデマがとんだ。共産党側はすぐにそれを利用して、労働司祭たちは労働者を改宗させるつもりで活動しはじめたが、たちまち彼らのほうが共産主踏に感化されてしまったのだ、と宣伝しはじめた。しかし事実は、この事実が試験的なものであるゆえに、あまり積極的な組織や行き過ぎを教会当局が戒しめただけのことである。

先日、ローマの教皇ピオ十二世の書斉で、前例のない一つの歴史的な会合があった。各地の司教たちが順次にローマ教皇を訪問するということは、教会法に定められてあるところで、各司教が自己の教区に関する報告を行ない、意見を述べることは、今まで定期的に見られたことであった。ところが今度はじめて、フランスのもっとも高位の聖職者、即ちパリの大司教、リールの大司教、リヨンの大司教たる三人の枢機卿が一緒に旅行してヴァチカンに行き、教皇に謁見して、共々に労働司祭の仕事を弁護し、目下の困難に対する解決策を講じたのであった。これほどの反響をもたらしたところにも、今のフランスのカトリック思想界の生き生きした建設的な原滝がうかがえると思う。

終りにもう一つ、フランスの思想界の活潑な動きを示ず例とLて、最近センセーションを起している著作のこと世引いておきたい。それは、ロベール・ブーデ氏の著わした”ブルジョアジイ擁護論”という書物である。(頭を直訳すれば、訴えるブルジョアジイ、となる)著者は自分がブルジョア階級に属していることを単純にみとめつつ、ブルジョアに対する批判的態度をとり、これを三つの部類に分けて、論じている。
ブルジョアの第一のグループは、社会闘争によってうけた打撃を締切に感じ、その結果不満のうちに閉じこもって、もはや時勢に順応しようともしなければ、社会問題の解決に直接たずさわろうともしない人々である。こういう連中はむろんもう指導階級には属していない。
第二のグループは、避難の声に耳を傾け、自ら反省L、自分たちがいかなる理想をもっているか、その理想に忠実であるかを考え、与えられた使命を果そうという熱心をもって、意識ある活動を鵜つづけようとする人々である。
第三のグループは、べつに何という複雑な気持もなく、ただあっさり手を投げてしまった人々である。
この第一第三の両端の間にある第二のグループだけが、尊重すべきものであるととはいうまでもない。
今の世界にブルジョアといえば、一般に無意味な言葉となってしまった感がある。一方、Promotion ouvrie`re 労働階級の償却というのは、このこと路みにはやって来た用語である。こういう事柄は、一つの歴史的趨勢の必然的な現れであるといえる。この趨勢は新しい力である故に、今や従来の社会を支えて来たブルジョア的道徳や思想を完全に 覆えそうとするものである、と説く者もある。ロベール・ブーデ氏は、この説を無条件に承認しえない。彼は言う。一つの階級の価値は、その生命力と社会に貢献しようとする熱意によって定まる。このニつの欠くべからざる条件にさらに一種の犠牲心が加わるならば、その階級は、存続に必要な力を有するばかりでなく、はっきりした使命を有するものとなる。
ところで、こういうはっきりした特徴を有するブルジョア階級はフランスに立派に存在している。ことに田舎にみられる豪族、昔のいわゆる貴族や由緒ある家的の人々など、一世紀前には、労働階級の昇格などという事に対しおよそ無頓着であったけれども、新しい世代の彼等はまったく変って来た。昔のような富はもっていないが、高い気概と理想を失わず、社会にたいする責任感を有し、世に貢献しようという犠牲心の伴なった熱意をもっている。そうしてその活動も一般に周囲から好感をもって認められている。また多くの子女を養育する困難な務を回避することもない。これらの子女の中には、社会問題の解決にまじめに献身しようと志す者も少くなく、古い伝統に根ざした自己の生きる理由を民衆のうちにも普及させようと使徒的熱心をもって活躍する者もみられる。
こうした事実は、社会階級というものが、万物がそうであるように、変化するものであることを証明している。山の泉が一度消えてまた別な形であらたに流れ出てくるように、長い歴史をもつ社会階級も、一時姿をひそめてはまた思いがけないところに現れてくるのである。ともかくこのブルジョアジイの中核的グループは、明らかな使命をもっていることを確信し、その使命を忠突に果しつつあるかどうかを真率に反省している。こういう誠実な自己批判の態度だけでも注目に値いするものであるといわねばならぬ。――以上が、ブーデ氏の所論の大要である。

フランスは昔からあらゆる革命的思想の沸騰するるつぼのように思われている。しかし現在のこの混沌の底流をなしているものをたどってみると、一件さわがしく渦巻く思想の潮流の中に、一つのたくましい筋の通っているのが見分けられる。そして、やがては他の国々にも影響を及ぼしうる建設的な力強い思想が、流行や思流に押し流されぬ人々によって、そこから 汲み出されるのではないか、と思われるのである。

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