北九州の印象

アジア学者として有名なグールー氏は、極胞の鼠色の特徴は至る所に人間の存在を感じさせることだ、といっているが、九州を訪れるとことさらにこの評議の適切さにうなずかされる。同じ日本の中でも北梅道は荒けずりな自然の野生美を示し、九州は人間の息のかかった自然美を展開している。だいたい大陸でも南に下るにつれ自然より人間の勢力が強まるようである。ヨーロッパのロマンティシズムの性格をみても、北方のスカンジナヴィアやドイツーの浪漫文学には自然が主として扱われ、南方のフランス、イタリアあたりの文学には人間がおもに活躍している。北海道が大自然の国なら、九州は人間中心の土地となるのも、風土のおのずからなる傾向かもしれない。
二五年ぶりで北九州を廻って感じた第一の変化は、方言が聞かれなくなったことである.どこに行っても標準語で応待される。これは何よりラジオの普及したためであろう。つまりは一般の知的標準の上ったしるしかもしれぬが、旅する者にとっては郷土色のうすらいだような物足りなさがある.
短い滞在中に十数人の知識人と語り合う機会を得たが、知的レベルの高さに感心した.その上東京のあわただしい知的雰囲気に見られぬ一輔のおちつきと深さが感じられる。
日本では普から万事に中央集権の傾向が強いようである。これは度が過ぎると精神的進歩を妨げるものとなる。フランスでも二、、三十年前までは、何でもバリでなければ話にならず、問題にされぬ首都編重の傾きがあった。幸いに反動の機運が地方人の奮起をうながし、学芸の諸分野に地方的特色が活かされ、立派に申央の文佑宿動巴対抗するようになった。リヨンとかボルドー、ツールーズなど、歴史の古い町は、パリにみられぬ独自の伝統や特技によって、各々権威をなしている。やたらに中央を尊重することは、迷信的なあこがれや無意味な劣等感を生ぜしめる危険がある。

南へ行くに従って人はすべてにスロー・モーションになるといわれるが、九州知縄入の愁傷せまらぬ風格まらぬ風格は、地理的条件にのみよるものとは思われないのである。
しばらく見ぬ間に北九州の町身がめざましい発展をとげ、活発な都会生活が営まれていることにも感銘をうけた、しかもうれしかったのは、首都さながらのめざましい近代的生活のなかで、昔ながらのねんごろな親切に出会ったことであった。東京ではちょっと道をきくのにもよほど注意がいる。早口の端折った文句で「そこ右、すぐ左」という調子、時には稲妻のようにすばやい指さしで片付けられたりする。こちらでは、わざわざ曲り角の見える所まで一しょに出て、納得の行くまでくりかえし教えてもらえる。デパートなども構えは東京のそれと同じようでも、中で応待する物腰はずっとやわらかくていねいである。もちろん一方には大都会特有の悪風の入りこんでいることも目についた。駅におりると、頼みもせぬのにタクシーを呼びよせて、手数料をと手を出すような連中には、もう少し男らしい仕事をみつけたらどうかといいたくなる。こういう人種の多いことではローマやナポリなど定評がある。よそのつまらぬお株などとらぬほうがよいであろう。

けれども一歩都会を出ると、人情の背と変らぬこまやかさに旅の憂きを忘れることができる。
日田から別府ヘジープで山越えを試みた道すがら、とある山家に岩清水のすずしく流れおちているのをみて、水を一杯所望した。その家のおばさんはコップをもち出し、車の中に待つ五人の旅人のため、行ったり来たりして水をはこんでくれた。このあたりにはよほど毛色の変った一行とみえて、山家の住民一同は軒先に出て自を丸くしてわれわれを見まもっている。老幼いずれも健康そのものの頬の色がうつくしい。思うさま喉をうるおして、さて出かけるにあたり心かりりの謝礼をわたそうとすると、おばさんはパラ色の頬をまっ赤にして拒絶した。まあまあと握らせると、つかんだ机を自動車の申に投げこんでこう叫んだ。
「いらんがェー、そげんなもの持っち帰りョ、そげなもの置くなら次にゃァもう寄らせんでェー」
正真正銘の九州弁のタンカに恐れ入りながら、私はこの清純な心からの言葉を、今ふるまわれた水よりもさわやかにうれしく味わったことであった。

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